Novel
聖魔退戦《シャウムティーゼ》>

其ノ弐 魔《ム》
 デパートメントの一階は全てが乱れている。商品の服は倒れ、ショーケースの硝子は割れている。
 デパートメントは楼鳳でも大きかったほうで、店名は中江《チーエ》といった。
 蒼蘭も何度か訪れたことがあり、内部の配置を理解している。
 頼りの自動階段は停止しており、階段で上ることになる。
 十五階建の高層デパートメントを上るのは辛いだろうが、蒼蘭は一気に上り始めた。
 階段を上る中、救いを求める声がし、九階で足を止めた。九階は子供用玩具売場だ。
 助けて、と叫ぶ声は子供。少女の声と判断できる。
 九階は炎に包まれていて、炎の魔が少女に襲い掛かろうとしていた。
 炎の魔は炎魔という種で、実体がある。雑魚とも言って良い魔であった。
 結界を破った魔で無い事は確実である。
 蒼蘭は鑓を出し、少女の前に立った。
 炎魔の放つ炎の拳を受け流し、一瞬で聖具を突き刺した。
 脅える少女に話し掛けた。
「もう大丈夫だ。親はどうしたんだい?」
 少女は蒼蘭に抱きつき泣き出してしまう。
「ここは危険だ。とりあえず降りないと。いいね?」
 少女を抱いたまま、階段まで歩く。炎がまだ無い石造りの階段で少女を降ろす。
「お譲ちゃん、ここから一階まで降りるんだ。下には魔もいない。救助がいる。いいかい?」
 少女は頷く。
「でも、お兄さんは逃げないの?」
 蒼蘭は微笑。
「心配してくれるのはありがたいけど、自分の心配をしたほうがいい。お兄さんは聖討師なんだ、大丈夫さ。
 ほら、早く降りて。親も下で待っているだろう?」
 少女は元気にうん、といい階段を降りていく。少女の小さい体は震えていた。
 誰もいなくなった階段で蒼蘭は溜息をつく。
「炎魔か。まだ上で戦っているのに、結界を破ったのは一匹だけだ?
 嘘つきやがって。さてと、急がないと崩れるな」
 蒼蘭は更に上を目指し、階段を上り始めた。


 爆発した中江は野次馬が沢山囲み、ざわめいている。
 小雀は蒼蘭の後を追い、やっとの思いで中江まで辿り着いた。
 警察官の包囲の中、魔討伐課課長が小雀に話し掛けた。
「蒼蘭、梔は中に入っている。小雀は待機だ」
 梔は言葉を失った聖討師。梔子は口無しに等しい。無口なのではない。喋れないのだ。聖具は剣を操る。
「え、月桂さん。なんていいました?」
 小雀は月桂という所を強調して言った。
 月桂と呼ばれた課長は苦笑した。
「課長と言え。嫌がらせても行かせないぞ」
 月桂は自分の名を言われるのが苦手だ。
 多数の魔を葬ってきた証、歴戦の覇者の証は強靭な肉体ついた戦跡だろう。
 小雀は一度頬を膨らませるが、月桂に相手にされず中江を心配そうに見つめた。
 月桂は無線を口に近づけた。無線の先にいるのは梔だ。喋れない梔と連絡を取るには法力が必要である。
 聖討師としても法力師としても一流でなければ魔討伐課に配属されることはない。
『梔、目標はどうだ?』
 月桂の頭に響く返答は梔の声。声を失う前のくちなしのものだ。息が荒く、辛そうだ。
『課長? 目標は魔焔卿《ムーエングゥ》と名乗る魔を召還する魔。一筋縄ではいきません。
 私が戦った魔の中でも、最高位です。魔焔卿は人間語を喋っています…同じように…』
 梔は、何ともいえない言い方をした。
 月桂は魔焔卿という聞き馴れない魔をどうやって倒すかを考えた。
 人間語を喋ることから上級の魔、魔を召還するという異例の最高級の魔。
 楼鳳一の聖討師、梔がてこずる魔焔卿は月桂としても最強の魔だろう。
『魔焔卿、新手の魔か。蒼蘭がそちらに向かっている。もう少し、頑張ってくれ』
 月桂が言い終えると無線からはノイズ音が流れた。梔の無線が破損したということになる。
 月桂は小雀に告げた。
「小雀、デパートメントの中に入るぞ」
 小雀は目を輝かせるが月桂の思い詰めた表情を見て真剣になる。
「はい、仕事ですね」
 月桂と小雀は燃えるデパートメント、中江に入っていった。


 剣を構える男は全身火傷だらけになっている。
 舌打ちし、炎に包まれ爆発した最上階を見上げる。
 最上階、十五階にはレストランがあり、瓦斯と炎での爆発と考えられた。
 男の名は梔、聖討師として名の通っている者。
 無線は炎に包まれ融けてしまい使い物にならない。
 法力師としての力を使い火傷だけで住んだが、それでも奇跡なのかもしれない。
 魔焔卿を甘く見ていた、ゆだんしていたのだ。
 聖具を鞘に仕舞い、自らの前に持ち、深呼吸。十三階は炎に包まれ、逃げることは不可能のようだ。
 炎の中に複数の炎魔があらわれる。梔は承知の上、剣を鞘から抜いた。
 聖具から光が放たれ、炎を逆に包み込む。光が消えた時には、炎魔諸共炎は消滅している。
 聖具を構え辺りを警戒する。
 魔焔卿がそう簡単に消えるわけがない、聖討師のような獲物を逃すはずが無い。
 梔は気配を感じ、階段を見る。上がってきたのは青いTシャツに破れた長ズボン姿の蒼蘭だ。
 ホッとした瞬間。青いTシャツが真紅に染まった。蒼蘭の胸に自らの聖具、鑓が刺さる。
 蒼蘭の胸から真紅の血が流れ落ち、床に落ち黒い液体となる。
 黒い血を流した蒼蘭は本来の姿、魔となり消滅する。
 聖具の鑓が本来の持ち主、蒼蘭と共にあがってくる。
 蒼蘭は聖討師の制服を羽織っている。溜息をつき、口を開いた。
「偽者、鏡像魔《キースーム》か。魔楼鳳ででも目をつけられたかね」
 鏡像魔は何にでも化けられる魔。強いとは言えないランクだ。
 蒼蘭は梔に近づいた。
「梔、何なんだ? この魔の大量発生は。そして、敵の主格は?」
 梔は蒼蘭の心に伝える。
『敵は魔焔卿と名乗る上級クラスの魔だ。魔を召喚する厄介な敵。それはそうと蒼蘭、君は無線をつけているか?』
 蒼蘭は慌てて無線の電源を入れる。同時に無線からノイズ音が放たれ、月桂の声がする。
『繋がったか。蒼蘭、今どこにいる?』
 蒼蘭は鑓を左に持ち、無線に返答した。
「今の最上階、十三階です。梔もいます。課長は、子供と一緒ですか?」
 無線がノイズ音とは違う音を立てる。次に放たれたのは小雀の声だ。
 月桂の無線を小雀がとりあげた、というわけだ。
『蒼蘭、待ってなさい! 今すぐ追いかけるからね』
 小さい月桂の声がする。
『小雀はこの子供を連れて地上まで降りてくれ』
 蒼蘭の無線から聞こえる会話に耳を傾けながらも梔は警戒を続けている。判断として間違ってはいない。



...To Be Continued? "Devil" Closed...

あとがき

東亜細亜を舞台とした物語、どうでしょうか?
個人的には、かなり好きです。(造語ができるんで・ぇ)

聖《シャウ》と魔《ム》が戦い始める。-幻想記『聖魔退戦』-
幻想の東亜細亜は魔に侵食されていた。-幻想記『聖魔退戦』-
聖討師《シャウトゥ》と魔焔卿《ムーエングゥ》との戦い。

"Holy Devil Leavewars" Present By "mikito" 紅堂幹人